基本、根暗で卑屈なうんこ製造機のひとりごと。
そういえば2015年秋にケイタイを変えたら電話帳消えました。番号は変わりません。「くるま。ぶっけた@ezweb.ne.jp」またはLINEで番号検索をどうぞ。

”お父さんのパンツは汚い”理論
2016/04/14(木) 12:26 うんこくさい日記

最近パソコンを触っていない。
なぜならば、愛してやまなかったオブシディアンとえいぞーを装備しているメインパソコンは息子が手あかまみれにするほど使い込んでいるからだ。


親子仲はいいほうだと思う。むしろ、息子がマザコン気味だと言い切ってもいい。

けれども不思議なことに、私から息子に対しての嫌悪感というのが存在する。
年頃の娘さんが「お父さんのパンツと一緒に洗濯しないで!」というソレに似ている。

私は年頃の時に、実家で洗濯物をしたことがないからわからないけれど、たぶん、女としての本能のなかに、同じ遺伝子を持つ異性に対しての警戒心が植え付けられているのだと思う。
本当に汚ければ問題だろうがたぶんお父さん本体は泥まみれだったりしないはずだ。

じゃあ何が嫌なのか。
汗であり、においであり、皮膚から出る老廃物である。
この理論からいえば、風呂の共有も嫌がられる。お父さんが先に入ると浴槽にはお父さんの老廃物がたくさん浮くことになり、年頃の女の子が清潔にしようと思っても、浴槽は汚染された状態だと感じてしまう。
洗う場所なのに汚い。洗濯機も浴槽も、間接的にお父さんが触ってくるという、近親相姦のような禁忌を回避する為の本能的な嫌悪感なのだ。


年頃の女の子が嫌がるもの、それはお父さんの分泌物であるといえるだろう。
それが嫌だという理由を理解できないお父さんの嘆きは、もはや伝説的にぼやかれ続けている。

意味もなく「キモイ」「汗臭い」と言われているわけではない。
それはもはや本能なので目に見える理由はない。
ゴキブリと一緒なのだ。いやお父さんをゴキブリ扱いしているわけではなく、ゴキブリは人間が嫌うホルモンをだしているので、だれしもゴキブリに対しては嫌悪感を抱くのと同じなのだ。

つまりお父さんのパンツが汚いという感情はゴキブリに対しての感情と同じなだけであって、「お父さんがすなわちゴキブリ」という意味にはならないというところに留意していただきたい。


女性のほうが嗅覚が優れているという。
それはどの遺伝子を身ごもるべきか、においで優性遺伝子をかぎ分けるともいわれる。

お父さんは自分の半分の遺伝子を持っているから、より優れた遺伝子を残すのには、不適切な相手だというのを、ミトコンドリアが指示しているのに違いない。
優れた相手というのは、遺伝子的に自分と違う部分が多いモノのほうがいいという。
病気に強い、肉体が優れている、頭が良い、などなど、においで分かっちゃうんじゃないかなぁ。


要するに、お父さんの分泌物を汚く感じてしまうのは、本能が家族同士で子供を設けないようにするための危機回避行動なのだということであって、肌をすり合わせなければ、精神的なつながりは保たれているので、そうそう落胆することでもない気がする。
逆を言えば、嫌悪感を彷彿とさせるほど、身近な存在だということなのだろうと思う。


そして我が家の例である。
私は息子の触ったパソコンに触りたくない。
なぜなら、目に見える手垢がついているキーボードやマウスに触りたくないからだ。
気 持 ち 悪 いと声に出して言える。
もちろん、椅子にも座りたくないし、その辺に停滞している息子のにおいにも近づきたくはないからだ。

触られるのもいやです。まじで。
でも私は息子の金玉を触りたい。

部活で汗まみれになったジャージは頭が痛くなるほど臭いし、脱ぎたてほやほやの衣類を触るのは嫌すぎるが、衣類を一緒に選択するのには抵抗感はない。

でも息子の入った後の浴槽には浸かりたくない。

自分のうんこがうっかり手についてしまっても、別段問題はないが、息子の飛び散った小便を拭くのはすんごく嫌だ。

年頃の女の子と同じ現象が、もうちょっとでアラフォーになる私に起こっている。


これは、息子が二次性徴を迎えてから感じるようになったことだ。
それまでは別段問題は感じていなかった。

いまその「きもちわるさ」を感じるにあたって、どのような心理が働いているのかと考えると、それはまさに異性であるから、その恐怖心が拭いきれないという部分がある。
二次性徴を迎えて、遺伝子を残す機能が発達したオスになりかけている。
もちろん彼らにも理性はあるだろうが、子孫繁栄が可能な年ごろになったというのは事実である。

その標的が自分になることはないだろうが、それでも「近寄らせないのが良い」と本能が言っているので、ソレに逆らうことはできない。


というわけで、私が息子を気持ち悪いというための正当性を示してみました。おわり






冷戦勃発中

とみせかけて、まだ続く。
わたしは最近、受動的にしか動けない息子に腹が立ちます。

それは息子の特徴でもあるのかもしれないけれど、生活の中の必要最低限なことを自発的に行動してほしいという親の願いでもあります。

私は焦っています。息子が大人になって旅立つ日が近づくにつれ、このままでいいのかと。
もう目前にまで迫ってきている気がするのです。
それでも息子の心情やペースを見ながら、フォローする側に徹してきたと思う。

口であれこれやかましく指示するのではなく、納得させる説明を心掛けてきたつもりだ。

しかし、それを甘く見て、息子は私をなめてかかっている。
それがムカつく。
感謝されたり、謝ってもらった事がない。
それでも私は息子の生活に対して一生懸命だ。
私は相手の気分を害したら謝るし、やってもらったら感謝する。それは息子に限らず、だれでも平等に行う。
嫌いな人にでも、お礼くらいは言いますよ。

でもなんで私は息子に謝ってもらえませんか。。。
それが悲しい。

「相手を怒らせたら、謝るのは小学生でもわかることじゃないですか。」
っていったら、扉の陰から腹立たしげに
「す、み、ま、せん でしたぁ~!」
って言われて、逆に揚足を取られました。


「私はつくづく思ったよ。”言いたいことはわかるがお前の態度が気に食わない”ってのは正論だなぁって」


言い放つと息子は床を大げさに音を立てて歩いた。
私はさらに静かに怒りを抱えた。


私の怒りは爆発せずに、怒鳴りもしていない。
これ、珍しいことです。
普段は何事もなかったように、次の瞬間には気分を元に戻すようにしていたのだけれど、それだから舐められるんだろうと思ったからです。

怒ったとしても一喝して強制させ、そのあとに私自身は感情を引きずらない。ネチネチ言わない。
息子が次から怒られなくなったら褒めるようにする。
というのがここ一年のやり方でした。


この静かな怒り方は、起こらせた人が自発的に謝罪行動を起こさなければ静まることはありません。
そして私は宣言しました。
「お前が謝罪するまで、私は一切の手伝いを放棄します」と。

帰ってきてからどうなるか。
んーこれをネグレクトというのなら、まぁそうなのかもね。児童相談所に通報してください。
私自身もこの怒りをどこに向けて、どう関係を修正していいのかわかりません。

息子ももう大人なんだから、重大な事案になる前に、さっさと謝ることを学んでほしいものです。

1: くそ気持ち悪いババアしね 『気持ち悪いババアだな スカイリムやっててたどりついたけど 勝手に女全体の意見にしないでくれう気持ち悪いんだよ  きもブスババアが...』 (2017/01/15 2:25)

2: 阿部 『素晴らしく熱意だけは伝わってくる文章量ですね。 全部解読する気力は湧かないけど、言いたいことはなんとなくわかった。 が、私にはど...』 (2017/01/29 21:57)

東日本震災後5年
2016/03/11(金) 18:14 うんこくさい日記

もう五年も経ったのか…

マグニチュード9.0という超巨大地震。その後すぐに13メートルという常識では考えられないレベルのパワーを持った津波。
その被害で甚大な後遺症を残した原子力発電所メルトダウン。



あの日。
普段テレビをつける習慣がない我が家でも、その時ばかりはニュースに釘付けだった。
ちょうど札幌でも震度3程度の軽い長い揺れがあったから、何処が震源なのかというのを知ろうと思ったのがきっかけだった。

震源は北海道ではなかった。津軽海峡を隔てた向こう側、宮城や福島県など東北地方南部の地震速報が流れた。


「え、まさか、そんなことはありえないだろう?」と思っていた。
札幌で感じる地震の殆どが北海道の南中央にある十勝沖のプレートによるものだ。まさか東北から地震が伝わってくるとは思えなかった。

でも、どうやらその震源からの揺れが伝わってきたものだと思わせたのは、東京などの首都圏までもが揺れていると生中継があったからだ。
札幌から宮城までは直線距離にしても500km以上もある。同じように、宮城から東京までは直線で300kmはくだらないだろう。どうやらすべて、同じ地震のようだった。

大地震のざわめきが収まるまもなく、大津波警報が出された。
テレビは緊急特別番組に変わり、アナウンサーはしきりに震源と震度をひたすらに伝え、津波の地域の人達に高台への避難を促した。
冷静さを少し欠いている生のアナウンスが緊迫を感じさせた。
テレビの中の遠くの方で聞こえる耳障りな機械音は、気象庁の緊急避難速報を通知する音なのだろう。それを元に各局がニュースを出している。

怖かった。怖い予感がぞろりと肌を撫でたと思う。

アナウンサーの切迫感は、まさに緊急を要するものだと思わせた。
じきに沿岸部に到達した波が映しだされた。
港の、船と人の足場になる海に沈んでいるコンクリート壁と、その横に設置してある鉄筋2階建て駐車場だったかが中継で映されていた。

最初は津波が来たのかわからない程度で水かさが増えていった。
その上昇量は勢いを衰えず、気がついた時には駐車場の1階天井に到達しそうな勢いだった。
濁った泥水は車を浮かせていた。

空撮ライブ中継では、先程まで車が走っていた道路は波に覆い被されて何がなんなのか判別できなくなっていた。最初の水かさの増量からは考えられないくらい、鉄砲水のような早さとパワーになっていた。
誰かの一軒家が、屋根と2階の一部分だけ水面に出して、鉄砲水とともに遡上していく。それも一軒二軒ではない。
誰が想像できただろうか。普段の住まいが根こそぎもぎ取られて車と同じ速度で移動するなどと。
家と家、車と車、波と波。使い終わった割り箸を折ったような、それをいくつも重ねたような、そんな木の柱が。電柱が、車が…。


インターネット上でも市民撮影の津波動画がたくさん見ることができた。
そこには沢山のリアルがあった。
人々が恐ろしい目に直面している、そのリアルが。



そして原発事故。これは観ている側からすると、苛立ちしか感じなかった。
当時の枝野官房長官は「直ちに影響はございません」としか言わず、逆に不安を煽った。
その時、福島原子力発電所の炉内では何が起こっているのかという発表会見をしなかった。
最初はただの火事みたいな事を言っていたように思う。でも炉心融解して核燃料棒の制御が効かない状態になっていると発表していたのは、民間のワイドショーだった。

チェルノブイリ事故が思い返された。あそこは30年たった今も近隣に人々は住んでいない。元原子力発電所とそれを支えるはずだった住宅地は森に飲み込まれようとしている完全なる廃墟になっている。


私は、日本もそうしなければならないのではないかと思っている。
福島第一原発事故後、未だに付近には立ち寄れない事になっているが、政府はしっかりとこの先何年後も立ち入ることは不可能だということを公言しなければならないと思うし、更には数百年に一度の大津波があると言われている地域を復興してまで住まなければならない理由が無いと思う。


「教訓を~」とは言うが、宮城県の気仙沼で津波に被災した時の口伝が残っている。
にも関わらず、そこに居を構える。
そして人々は忘れ、数百年後に予想もしない巨大なエネルギーに襲われて悲しむのだ。
なんかとっても矛盾している気がするのよ。
確かに、今なう、そこで育った人達が、地元復興に力を注ぎたいという気持ちも分かる。地元愛やら、得体のしれない正義観やら、あるいは回帰心かもしれない。
もちろん住みたいのならば住めばいいとは思うが、自分たちの子孫が、また自分たちと同じ目に合うという事を考えたら、私は安易に復興したいとは思えない。
街がなくなるという絶望感は被災していない私達にも容易に想像がつく。

元に、地元の方々は津波が来るという教訓から、さんざん避難訓練をしていたと聞く。防災対策も行い、準備万端だったのだろうと思う。
けれども防波堤は乗り越えられてしまったし、家財も資産も思い出も失った。

絶望感は想像できるが、実際に自分がそうなった時の心中までもは想像がつかない。だからこそ恐ろしいことだと思う。

今、高台を造成して、その上に居を構えるようにするみたいだけれども、次の津波はそれをも超えてくるかもしれない。
あるいは、土台が崩されて、また作りなおすことになるかもしれない。
数百年に一度とは言うが、もしかしたら100年間に2回来ることになるかもしれない。
プレートの動きは誰にも予測できない。そしてそのパワーの強大さにも対抗できる完璧な手段は無いだろう。
私の中での教訓は「そこに住まないこと。命の連鎖を紡がないこと」だと思う。

復興して人が住める環境が整ったとしても、放射性物質の汚染区域には誰も戻りたがらないだろう。
それが数キロ先にあると思えば、立ち入り禁止区域以外の人達も大手を振って返ってくる事はないんじゃないかと思う。

そうして予想されるのは、無駄に造成された高台が、守るべき者もなく佇み、維持費がかさみ、負債だけが増えていく未来だったりする…
それって、どうなのだろうか…って思っちゃう。
そのへんは賛否両論だろうけれども…少なくとも余所者の私はそう思う。
頑張るのは良いけれど、人の協力なしにして頑張れているのかというと甚だ疑問であったりします。
地元復興したい地元人は酷な未来を選んだのだから、私は協力したくはない。



その一方で住まなくても良いという選択肢があっても良いとは思う。
そして、それは批難されることではないと思うし、被災地以外の地方自治体は、被災者の勧誘に全力を尽くしても良いと思う。

特にど田舎タウンでは、人が足りていないのだし、札幌だって公団住宅が空き家だらけの地域がある。(新さっぽろとかね)
札幌の被災者の住宅援助は来年の春で打ち切りになるのだという。
それは悲しいことではないか?
帰る場所がなくなったのに、5年で心のケアと生活基盤を元に戻せというのは、非常にコクなことではないか?と思う。



偉そうに事を述べてみますが、被災のみならず、人生は何処で何が起きるかわかりませんね。
頑張るタイミングと、頑張らないタイミングの見極めって難しいなぁ。と思う昨今です。

亡くなられた方のご冥福と、被災された方の心の立ち直りを心から祈っております。

わかった気がするおかあさん13年目
2016/02/16(火) 22:36 うんこくさい日記

よくよく考えてみたら、お母さんの13年目。
やっとこさ親子のコンディションがマトモになってきたと思えた1年だった。


よく、教育界隈で言われるのは「叱るよりは褒めて育てたほうがいい」と言う。
ただ、残念ながらそれを素直に実行できないことのほうが多い。
簡単にできないことだからこそ、口伝されるのかもしれない。

あるいは、最初から簡単にできている人もいるかもしれない。
意識せずとも、そのスキルを身に着けている人もいるかもしれない。
でもきっと、私のように「やりたくても上手にできない」人も多いと思うんだ。

思い返せば、私の腰よりも小さい息子に対して、怒鳴ってばかりいた気がする。
やっと私と同じ目線になって「素直に褒めること」が出来たのではないかと思う。
逆に言えば、それまでは彼の存在を否定し続けていたのかもしれない。
その彼の心中を察するまでに12年間かかったとも言える。


やり方が分かったのは、成長の過程で結果に出てきたから修正しようと変えたからかもしれない。
人生は積み重ねであると思う。その途中経過だけ見ても将来の展望が分かるわけではない。年数が少ないと更に現状がよく分からなくなることだろう。
私が気づけたのは、息子がヒネクレ始めたからというのが大きいかもしれない。


そしてそのヒネクレの原因は何処にあるのかというと、私自身にあるのだと気づくのだ。

何故「褒めながら育てる」必要があるのか。
それは無条件に甘やかすことではない。私も甘やかすのが嫌だったから、厳しくしつけていたのだと思う。
しかし、そうではないのだ。「甘やかす」のではなく存在を「認める」事が必要だった。

彼の心のなかには「自尊心」が欠けてしまっていた。それは何をやっても怒る私がいたからだと思う。
息子の融通の効かなさもあったかもしれない。
場合によって使い分ける柔軟性や、指摘内容の細かさが判断できにくかったのだと思う。
母にすら認めてもらえないと、自分で自分のことすら認められないのではないか。否定され続けていたら、身の回りのすべてのことを否定するしか出来ないのではないか。
夢も希望もあったもんじゃないのではないか。

そうなった時、自我や他人とのバランス、将来への展望性、自立した時のメンタルの維持方法なんかが、上手にできなくなる。
私のように、今生きていること自体が辛いと感じながら生きていくことになるのではないかと。
そう思いながら生きるのはラクなことではない。そう思わせながら生きてもらうのはつらすぎる。

実際にその徴候が出始めた時点で、私は我に返ることができたと思う。
やる気がでないとか、学校行きたくないとか、すべての物事をネガティブな言い訳で回避しようとするその姿勢は、私そのものではないのだろうかと。


親は子供をコントロールして良いのではない。
シツケというコトバにかこつけて、強要していてはイケないんだと思う。
良い行いをするように強制してもいけないし、お手伝いを命令をしてもいけない。
人間は命令されたり強要されたりすると、やる気が出なくなる。その上、自発的に物事に取り組まなくなる。

逆に言えば、誰かの命令なしには何もできなくなるし、常に反発心を持っていて、物事の取り組みに納得しなくなる。

そうならないために、自発的に行動を起こさせるには、まず大根底には、「あなたならできる。信頼していますよ。」という態度の表れが必要である。
失敗しても笑って許せるおおらかな心も必要かもしれない。
そのルーチンは息子の心にも余裕をもたらす。

今までは「成功しないと怒られる」という刷り込みがあったために、失敗を恐れて行動を起こす前にネガティブ感情に支配されていた。
今では「頑張るタイミングはここしか無いんだ」「やったら良い結果に恵まれる可能性が出る」と自発的に取り組むようになりました。


もちろん、行動を起こさせるのには、ポジティブな丸め込みの口先が必要ですが、それには彼の立場に立って、彼の一寸先の未来を提示してあげることで解決します。
要するに、一緒に考えること。
自分にも成長期があったし、同じ時期に抱えていた不安は似たようなものだと思う。


私達親子は、多分他所から見ても大変仲の良い親子だと思います。
それは、歩み寄りがあったから。
親子にしかできない、信頼を作ったから。
息子に自分の弱音を吐けるようになったからだと思う。

親という漠然とした存在ではなく、1人の人間として、「親らしく居なければならない」という固定観念を捨てたところから、親子になったかもしれない。



「ほめて育てたほうが良い」というのは、甘やかすことではなく、認めること。
「認める」のは諦めや見下しではなく、信頼を寄せることです。
それが分かるまで、私は相当苦しんだと思う。
言うことを聞かせようと、息子をコントロールしようとしていた私にサヨナラできたのは、大きかったと思う。

息子も変わるのだから、親も変わらなければならない時期なんだろうと思う。


という、何となく。後に続く未来の思春期のお母さんへ次ぐ…

私は素敵な人です
2016/02/10(水) 15:30 うんこくさい日記

ふふふ。
「アベさんって素敵な人だと思います」って女性に言われました。
ふふふ。
「周りの人もそう思っているとおもいます」って同じ人に言われた。
ふふふ。

あ、別にその女性は私に物を売りたいとか、宗教に入れたいとかそういったやましい気持ちがある人ではないですよ。

ふふん。だがね、だがしかしね、私は人と会ったりしないので、周りの人が私を評価する機会は無いと思います。
はぐれメタルよりも逃げ足が早く、回避率も高いと思うので。

いいところ、通いのコンビニ店員くらいじゃないですかね。
(あ、またあの派手なジャンバー着てる人がお菓子を買い込みに来た)って思ってるんじゃないですかね。
変なアダ名とかついてそうだよね。オカマとか中国人とか。
ちょっと聞いてみたくなるよね。そういうの。


ともあれ、私が素敵な人だったとして、それが生かされていないのはエコではないと思うの。
じゃあ、エコになるようにすればー?でもどうやってー?
はっっはっっっはあああ


その女性、我が家に上がりまして、一緒に紅茶を飲んでいただきました。
みゆちゃんからもらった、九州素材をふんだんに使ったフィナンシェをお茶菓子にして、本来の目的ではないお話ばかりさせていただいて。

アールグレーをさっぱり目で出して、渋みを出さずにいい匂い。砂糖は入れなくても和茶のように甘味と旨味が広がり、イイカンジ。
そこへ来て、バターの風味とナッツと砂糖のパリパリ感のあるカステラのようなフィナンシェは良かった。
みゆちゃんの優しさをパクパクぺろんちょフヒヒwwww

偶然とタイミングは大事です。
調度良く戴き物のお菓子が有り、最近紅茶に目覚めた私のアレと、外が猛吹雪なのと、我が家の掃除の結果が重なったので、私のアレがアレで、女性を喜ばせることが出来ました。

たとえお世辞だったとしても、笑顔が見れてよかったよかった。
みゆち、ありがとう。

1: みゆ 『ふへへへへ!お役にたってよかったです(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾!ますたんは気配り上手な素敵な女性( ・`ω・´)』 (2016/02/10 15:46)

2: ave 『本当にありがとう。さっき九州しょうゆポテチ食べたけど、美味しかった!コンソメパンチみたいな風味だけど、にんにく玉ねぎの嫌な味がし...』 (2016/02/10 18:37)

「オトシヨリ」という生き物
2016/02/05(金) 10:47 うんこくさい日記

私は「お年寄」というモノが好きではない。
よく見る嫌いな奴はバスの順番が守れないトシヨリだ。

そういう、前に並んでいる人の権利を無視して、横入りや座りたいがために他人のすきを突いて椅子にねじ込むように入っていくトシヨリは嫌いだ。

そうでなくとも、トシヨリは優遇されているだろうに。
札幌市の場合は交通費が10分の一になるくらいの免除制度がある。
バスなどの公共交通機関にはトシヨリ専用とも言える座席がある。

かといって、年配の方々が全て嫌いというわけではない。
ハツラツとしてらっしゃる70代の方々なんかは、お話していても尊敬できるし、むしろ一緒に遊んでくださるのがとてもありがたいことだったりする。

それ以上になるとボケに進行してしまう事もあるけれども、それでも可愛らしさがあったり、楽をしたいがために己の欲求を全開にしたりはしないので、嫌いではない。


多分、私の嫌いなトシヨリは、そういうトシヨリだからこそ好きなことをやっても良いと思っているモラルの欠けた人が嫌いなんだと思う。
そして、私が思うところ「トシヨリ」というカテゴリーに突っ込まれた人たちは「面倒くさいから関わり合いたくないし、トシヨリってことにして隔離しておけば安心だ」という可哀想な人達なのではないだろうかと思ったりすることもある。


バスの中、私だって腰痛持ちだし常時貧血だし、体調が万全というほどではないし座っていたい。
ガラガラで空いていれば座る。ちっとも空いていないなら素直に立っている。
途中でトシヨリが乗ってきたら、その人柄を見て譲るかどうかを決める。
大体自分勝手なトシヨリは、「自分はこんなに弱者なのにどうして席を譲らないんだ」というオーラを出している。目つきや身振りで何となく嫌な雰囲気を出していたら、私は絶対に譲らない。

どうせバスや地下鉄に乗っている時間は一時間もないのだから、そこまで必死に席に座ることに固着しなくてもいいんじゃないですかね。って思う。それは自分自身に対してもそうだけど。だから立つと決めたら、目的駅まで座らないことが多い。
どうしても、途中下車していった人の席が空いた瞬間に、尻を滑りこませるせせこましさが醜いように見えてしまうのだ。
そもそも間接ヒップの熱がまだ残っているところに座るのはなんか微温くてイヤじゃないか?www

同年代の人は仕事や子育てに忙しく働いているはずなので、そういう人に席を譲るべきなのではないかと思えたりすることもある。
道楽でデパートやら習い事で疲れているジジババどもにバスの座席を譲るくらいなら、発展性や生産性のある若い人たちをいたわったほうがいいんじゃなかろうかと。

たしかに習い事で経済を回しているオトシヨリはまだマシかもしれない。
それでもなんかすきになれない。
ぶっちゃけ、年寄りのほうが多いのだから、若い人たちを大事にする制度があってしかるべきな気がします。

あるいは、トシヨリ優遇制度の完全撤廃をすべきかなーと。
だってそうしないと労働力、出産力という面で見ても、大事にされるべきナニモノもないのに何故優遇されているのか理解できない。
単に長生きをすれば良いのならば、一生仕事も結婚もせずにその御年になられた方と、日本経済を動かし支えた人たちとの区別ができない。
後者は大事にされてしかるべきかもしれないが、前者は一体どうなのかと思う。


少子化問題は大きな問題で、今後ますます日本の労働力がなくなっていくことになる。
トシヨリを大切にする政策よりも、女子供を手厚く保護し、労働力がストレスなく発揮される社会環境を作るべきなんじゃないかと思う。

中国の一人っ子政策が撤廃された理由は、働き手の老齢化が深刻化している点があるが、日本の場合は退職制度なんかもあって、老齢化するまえにデッドストックだけがどんどん増えていく恐ろしい現状がある。

そして慣例的に、その年を迎えた人たちは、隠居ないしは第二の人生と言われる生活転換期が来る。
でも待ってよ。その人達だって充分な労働力よ?
その辺が大きく矛盾していると思うの。その年まで働き続けてこれたのならば、知識や知恵の蓄積は大きなもので、それを若手に引き継ぐことなく隠居していくというのは大変もったいないことだと思います。
知識や知恵の蓄積というのは、なにも特別な技術面だけではなく、メンタルの維持の仕方やフトコロの大きさであったり、本人がなんともないと思っているものは実は若者から見たら異世界だったりすることもあるのだから、それを秘めておくのはズルいと思ったり。

私個人としては80歳くらいまでは準労働力だと思っている。
直接、営業や設計や肉体労働をしなくても、それらを行う現役の労働力の力添えになる事は間違いないだろうと思う。

ただ、この現代社会の慣例的に、なぜだかそれは受け入れられない。
トシヨリは面倒くさいものだと認識されているし、弱ったトシヨリは無条件で優しくしなければならないとか、そういう目に見えない壁を自ら作り出している。


年金をアテにした生活をしなくても良くなるという選択肢が生まれれば、年金問題は小さくなるし、若者サポートに充てる予算も増えることだろう。

そのジェネレーションの壁を取り払うには、今行きている私たち自身の偏見をなくし、高齢の方の参画意欲を増す事をしなければならない。

その一方で、札幌の山裾の高齢化の進んだ住宅地で、年寄専用とも言える循環バスが発足した。買い物や病院に行き来しやすいように停留所以外でも乗り降りできる専用の循環バス。簾舞は確かに丘や絶壁が多く、隣に国道がある(でも高低差15メートルの壁)なんてのもアチコチにあるから、なるほどなぁと思った。
これは良い意味での区別で、需要にマッチしているので素晴らしい制度だと感じました。


何を書きたいのかよくわからなくなったけど
「オトシヨリ」っていう言葉は昔から嫌いであった。
いまだにその嫌いでいる理由がよくわからないんだけど、多分、ただ単に年をとっただけで別の生き物みたいな言い方が嫌いなんだと思う。
実際に別の生き物みたいなトシヨリが多くいるのも事実だけど、そればかりではないのだよね。
逆に「お年寄だから」という理由で親切にするのは失礼だと思うの。
普段から親切をデキる人は「相手で」選ばないと思うし。
「お年寄は大切に」っていうのは、「優しくすべきタイミングや手を差し伸べられる事があればやってみなさい(トシヨリは絶好のカモだぞ)」という意味であって、トシヨリ本人が優しさを強要する物ではないので勘違いしないで欲しいと父を見て思いました。

いまさら半年前の親子東京旅行の日記
2016/01/28(木) 11:14 うんこくさい日記

もう、私としては「無かったことにしよう」と思っていた東京旅行日記。
ところがどっこいしょ、家の中を整理していたら出てきてしまった、息子の書いた日程表。これは帰宅後すぐに息子が私のために移動した順を記してくれたメモである。

片付けをすると忘れたものを掘り起こすという自体が発生するんだなぁ…と実感した今日このごろ。

いつ旅行したんだっけ?えっと?去年の?んー9月18日あたりだったっけ??
そして?今日は?ははは、もう少しで2月じゃん。んーな半年前のことなんて覚えていませんよ。はっはっは。


でも息子のリクエストなので、思い出しながら書いてみることにします。
多分、書いているうちに思い出すだろう。

私の第一のファンは息子、その次にPV多いのは私。主にオナニーで出来上がっている11年目のブログです。

なんで東京旅行

2015年の9月は17日~23日まで5日間土日祝日という大連休があった。
その期間にゲームのオトモダチたちが集まるオフ会を東京でやるという。
本当は一人でパパッと行けば、安く済んだのだけど、息子に嘘をつけなかったのと、息子が東京へ行ったことがなかったので、ついでに旅行をすることに。

東京観光というと、オーソドックスでメジャーなところがたくさんあると思う。
けれども私は人混みが得意ではないのと、息子自身がそういった「有名ドコロを堪能する」という事に興味が無いのを知っていた。

それでも普段から遠隔地に出向く事をしない私達親子にとっては、それなりの一大イベントであった。
息子が飛行機に乗って北海道外に出たのは3歳のUSJ以降無かったことだ。

なので行く前に大雑把なテーマを決めた。
「札幌との差異をたくさん見つけること」
そして、あわよくば迷子になること。むしろこちらのほうが本題だったかもしれない。

そして迷子になっても困ることがないように、ガラパゴスケータイをスマートフォンに変えた。
いつでもどこでもGoogle Mapsが見れるように。
そして、宿もその日の行き当たりばったりで取るように。それにはインターネットが必要不可欠であった。

荷物は最小、不要物は持って行かない、土産物は郵送にしよう。
移動はガラガラカバンを常に持って歩くことになる。
格安飛行機の都合上、持っていけるものも最小に収めなければならなかったのもある。

息子もワクワクしていたと思う。
イルーナをやらないのに、LINEやTwitterのギルメンの発言をチェックしていたり、インターネットでザックリとした東京情報を仕入れたりして。
普段嫌がるツベコベ言われる私の指示も素直に聞いて、持っていくものを準備していた。
そんなこんなで「旅行って出発前から既に旅行」ということを再実感しました。

17日 離陸~~

平日のほうが飛行機代が安かったのと、1日くらい別にいいじゃろ。ということで、学校をサボらせて連休前日の17日金曜日の平日の朝に成田行きの飛行機にのることにした。

札幌市内から新千歳空港には最速で30分の直送特急に乗るのが早い。
しかし我が家からだとJR駅まで地下鉄を乗り継がなければならないので結構面倒くさい。
逆算すると飛行機の二時間前には自宅を出ていなければならず、朝起きる時間は5時という、起きれるか若干不安な



成田~青戸~押上~松戸

二日目オフ前って何してたっけ

三日目ぶっ倒れネカフェと台場

四日目~ひたちなか

五日目フェリー帰宅


グダグダ書いていたらまとまらない…オチと言いたいことを考えてから書こう。そうしよう。

息子と私の発達障害の話
2016/01/18(月) 22:13 うんこくさい日記

下書きを書いていたけど古くなったから新しく書きなおそう。
ちょうどNHKの「きょうの健康」で発達障害の子供のシリーズも始まったことですし。

2016/01/20 チョット更新。。。まだ途中記事
2016/01/25 多分完成

過去の記事はこちら。⇒発達障害の話

前の記事のマトメ
  • 息子と私は発達障害の疑いがあるので心理テストを受けてきた
  • 発達障害は体で言うところの特徴みたいなもんで、脳みそもみんな違う。と私は考えている。
終わり。

【注意事項】
発達障害の診断は多岐にわたります。「何歳までに何が出来なかったら○○」という明確なルールはありません。
判断には専門的な知識で細心の注意をはらい慎重に行われています。
ご不安な方は心療内科や神経科、お子様の場合は子育て支援センターや児童相談センター、学校専属のスクールカウンセラーなどに相談してください。
決して自己判断をして決め付けをしないでください。もちろん自身のことも他人のことも。
発達障害に対して偏見をなくし理解を深めるための記事ですので、人を貶める要素にしないで頂きたく存じます。

今日の話

その結果は去年の秋には出ていました。
息子は高機能発達障害=PDD(アスペルガーや自閉症スペクトラムの要素を含む。言語など生活に支障をきたすレベルではないが、コミュニケーションや学習に困難が生じる場合がある)
私は不注意優位型欠陥障害=ADDぎみであるが、幼少期のデータがないので判断しづらいが、得意分野と不得意の差異が大きいので、ボーダー(ギリギリセーフ)かもしれない可能性がある。

と言われましたので、おおよそ「脳みそが役目をサボっている」と言っても過言ではない。
そういう結果が出ても、特に息子や私のお互いの間で何かが変わるわけではないところが、私の素晴らしいところだと自画自賛しています。


なんと言ったって、その診断が出たからといって、
  • 凹まない
  • 蔑まない
  • 憐れまない
というところが私の良いところ。
「だって個性なんだもん☆」で解決できちゃう大雑把な親の元で生まれた息子よ、感謝しなさい。
そして発達障害があったとしても、それを言い訳にして逃げることを許さない、さじ加減の素晴らしさも、理解あっての賜物。
もっと私を褒め称えると良いよ。

生活でどんな問題が起きるのか。

発達障害って聞き慣れない人が聞くと「知的に劣っている重篤な状況」を想像するかもしれませんが、見かけや行動は一見すると普通の人となんらかわりはありません。
自分の意志もあるし、自分の生活行動は一通りできる。
ただ少し、苦手要素と得意要素が極端すぎて、平均ではない。
チョット変わった、チョット不思議な、ちょっとマヌケな、そういう感じのパーソナリティだと思います。

人間誰しも得意不得意がありますが、その中でも極端なものが「発達障害」だと思っていただければ幸いです。


自閉症というと特定の場所や何気ない行動でいきなりパニックになって暴れてしまったり、言葉で表現するのが苦手だったり、というのが強く出ますが、うちの息子はアスベルガー気味です。自閉症スペクトラム障害の中に、自閉症と高機能自閉症、アスペルガーが含まれています。

アスペルガーは言語障害や感情制御の部分で多少の不適切がある程度で、社会的に自立できないレベルではないとは思います。

とは言え、コミュニケーションがやや苦手な部分があるのも事実で、小学校の低学年の頃は、よく友達を突き飛ばしたとか殴ったとかで先生に怒られていました。
それは、相手に上手に「それは嫌だ」と言葉で伝えるのが苦手だったのだと思いますし、友達がなぜ感情を荒ぶらせているのかが理解できていなかった。
ある意味では通常と違う事態が起こり、パニックに陥っていたのではないのかと判断できます。
今は中学生になり、周りも大人の対応をできる友達が増えたこと、本人も大人になったことで、感情の爆発の制御ができるようになったのではないかと思えます。
大人になったと感じたのは「強く言われたら強く言い返したくなるのが人間なんだなぁ」と本人が自覚したからです。


また、小学校低学年の頃は、授業中に立ち歩くという行動も有りました。
今は席に座っていられるようになりましたが、立ち歩くという行動は文房具で遊ぶという行動にスライドしています。
教室での授業が苦痛なのは、それに対して無関心であったり、行われている授業に対しての意味が見いだせなかったりして納得して事に当たれないという、いかんともしがたい何かがあるのだろうと思います。
文房具をボロボロにするのはある種の回避行動であったりするのだけれども、本人自体もすべてを拒絶する訳にはいかないと思っているはずなので、勉強はできないけれども、学校には行くという妥協点なのだと思います。
(んが、私としてみたら、モノの見方を変えるだけで面白くなるはずなのだから、考え方の間口を広げるのを拒絶するのはやめろ、と言いたい。)



得意不得意教科が顕著なのもPDDの特徴かもしれません。
息子の読書に対する集中力とスピードは物凄いものがあります。
今日も一冊、「バケモノの子」という文庫本を買って渡したのですが一時間もしないうちに読み終わっていました。
他にも目につく文字は何でも読みたがります。広報さっぽろを隅々まで読む中学生はうちの息子くらいなものです。
そのわりには情報の分析力や処理能力が劣っているので、Wikipediaのページの暗記は出来ても、行間に含まれる遠回しな感情なんかを読み取ることや、何を主張している文章か解析するのが不得手であったりします。
そうして日本語には読みたがるのですが、英語になるとカラキシ理解が及ばないらしく、まったくもって頭に入っていないようです…

本を読むのにも関わらず、自身の感情表現が豊かかというと、そういうこともありません。どちらかというと、自分の状況や感情を説明するのが下手ですし、会話もいきなり自分の言いたいことから始まるので、聞き手は質問し返さないと何の話かさっぱりわからないのが多いです。
その割には自分がそのように話しかけられた時に「はぁ?意味分かんない」と半ギレになるので、そのへんはアスペルガーの特徴かもしれません。


あとは激しく運動音痴なのも。
体育の運動など反射神経や筋肉の制御の精巧性が求められますが、どうやら発達障害だと、自分の体のリーチが上手に記憶できないことが有るようです。
膝の高さの塀から降りるのも大げさにジャンプ着地したり、平均台やジャングルジムで手間取ったり。
視力が悪いわけではないのに物にぶつかったり、目の前に目的のものがあるのに探しものを続けたり、そういった不注意の部分で本人が日常的にストレスを抱えることも少なくありません。
しかし、それも訓練次第で克服しているようなので、私は息子に部活をやめてほしくはない。。。

忘れ物や失せ物が多く時間の配分が下手なのも特徴です。
よく「自閉症スペクトラム障害はこだわりが強い」と言われますが、そのせいで他のものが目に入らなくなり、扱いが疎かになってしまうことが有ります。
文房具はよく無くなる対象ですし、宿題やプリントの存在は普通に忘れます。
運動能力の話に似てきますが、視聴覚から得られる情報の処理能力が独特で、普通の人が何気なくできる事が、出来なかったりします。
時間の流れのタイミングが上手につかめなかったり、忘れたことによる自分への損害が想像できなかったりして軽んじていたりしていて、あとでその事をジレンマとして感じ、悶々としていたりします。


味覚や視聴覚の敏感・鈍感。
得意科目の差と同じように、視聴覚などからの情報伝達も差異がものすごいあります。
食べ物の好き嫌いが激しいのですが、13年メシを作っていてもその共通項が未だにわかりません。
ナス味噌炒めは好きだけど、焼きナスは食べなかったり、素材は同じでも調理法によって食べなかったりするのです。
一般的に嫌われるピーマンや玉ねぎは食べるのにコーンはダメだったり、パスタが嫌いだったり、チーズが嫌いだったり。
嫌いな理由を聞いても本人は答えられません。

ニオイに対して非常に鈍感です。
身だしなみも鈍感すぎます。

もしかしたら、知的情報以外の眼や鼻、耳から得る自然情報の処理方法が私と違うのかもしれません。
そう考えるとSFチック。
同じ時間軸であるはずなのに、見えているものがアナザーワールド。

そうして「間隔が丸ごと違うじゃん」ってことを理解できれば、接し方に困ることはありません。
逆に言うと「ふつうのコトがなんでできないんだ?!」と子供を責めると、自分も辛くなります。まぁそのへんの心中の問題は別記事に改めます。

出来ないことへのストレス。それとのつきあい方

これは病気ではないので、治しようがないのです。生涯、発達障害と付き合うことになるのです。
それは自分の体の一部であり、パーソナリティを築くための大切な働きをしているから、ネガティブに捉えても仕方がないことなのです。
周囲のできる人たちと、できない自分の差は、本人が一番自覚しているのです。

そうして自分の足りない部分ばかりを責めてしまい、自己肯定感より否定感のほうが上回ってしまうと、うつ状態や反抗的態度になってしまう。それを「二次障害」と呼んだりするようです。


おおよその場合、失敗体験が恐怖になり、それ以降から拒絶的になる。
本人が一番良くわかっていることなので、自責は常に有ります。
「よその子ができるのに、なんであんたはできないの」なんていうと、もう二度とその事をやろうとしなくなります。
だって本人だって「なんでできないのかわからない」のだから。

「普通」って言葉を使って叱ったりするのは逆効果である場合が多いのです。
大切なのは本人の「自覚」です。
上手に取り組みをさせるには
  • 小さなプロセスでイメージをさせる
  • 達成感を得られる言葉かけをする
  • 決して否定しない
という3点です。簡単。


「なんでできないのかわからない」のは、他の人の学習を模倣したりするのが不得意であったり、人の話を集中して聞けなかったりして「方法が理解できない」というだけであったりします。
ようするに「やり方さえ分かればできる」のですが、その理解の仕方が普通の子とは少し違うのです。
脳みその情報処理の仕方が得意分野と不得意分野に分かれるので、メモや教科書から情報を仕入れるのが得意だったり、動画での解説だとすんなり入ったり、様々です。チョット時間はかかってしまうかもしれないけど、本質は素直なので、何故へそを曲げているか汲み取ることができれば勝ちです。
逆に言うと、指導する側は「伝える技術」が問われる。「言ったじゃん」と言っても相手が理解していないと言ったことにはならない。相手に伝わる言葉で伝えなければ何の成果も生み出されないのです。

例えば、図工で紙粘土で貯金箱を作る課題が出た場合、いきなり「教科書を見てこんなのを作って」と言っても作れません。授業時間内で間に合わず、居残りになっても、それでも完成できません。

そういった場合、普通のこどもならば、とりあえず模倣してみる事で解決できるかもしれませんが、多分自分の息子の場合は完成までのプロセスが多すぎて完成図を予想することが困難なのだと思います。
ですので、小さなプロセスをその中に詰め込み、本人が想像できる範疇で小さな達成目標を作っていく必要があります。

紙粘土で貯金箱を作る場合は、お金を入れる穴と、お金を出す穴が必要です。
それを踏まえて、デザインを考えなければなりません。
紙粘土の中に筒の芯を入れるのならば、大体の貯金箱の大きさは決まります。
その事を本人に想像させるのです。
そうすると、どんな形のどんなコンセプトの物を作れるのかが定まってきます。
変なものを作ろうとしていても、意図とチョット外れた物を作ろうとしていても、それはそれで良いのです。完成さえすれば。
「面白い着眼点だ」という、それそのものを認めてあげれば、本人は次の図工も意欲的に取り組んでくれます。
「なにこれwww貯金箱じゃねーじゃんwwww」なんていうと、凹みます。
とてつもなく凹んで、今回の貯金箱で行った自分のプロセスは失敗だと思い、次の図工へプロセスを流用することがなくなるのです。

自己肯定感を与え、いろいろな物事に前向きになるためには、達成感や成功体験が必要なのです。

だって、普段から怒られてるんだもの。忘れ物をしたり、人の目を見て話を聞けなかったり、手遊びが多かったりして。

怒られてばかりでは、誰しも凹みますよ。だから、小さな事でも褒めてあげること、自分のできることが増えたということを実感させることで、喜びを見出してくれると思います。


家ではどうでしょう。
例えば、衣類。自分の服は自分で管理するものです。
自分のタンスの中は自分で何となく区分けやルールができているものだと思うのですが、息子はとりあえず入れられるものは何処にでも突っ込んでおく。

一見してタンス周りは綺麗かもしれませんが、引き出しを出したら溢れ出てきてしまえない。必要な物が何処にあるのか探せない。靴下がソロ活動している。

なので、どこの棚に、どんなものを、どのようにしまうのか?というのを視覚化しました。
例えば、一番下の棚は【下半身の外側に着るモノ・ズボン】
下から二番目は【上半身の外側に着るもの・トレーナー、長袖シャツ】
三番目は間仕切りで4分割し【右パンツ・左手前 セット靴下 ・左奥 ソロ靴下】
四番目は【学校で使うもの・ジャージ、白Tシャツ、水着、ベルト】
などのようにルールを決め、入れるカテゴリと入れるものをシールで貼りました。

やっぱり綺麗に畳んでしまうまでには行きませんが、前よりは開閉がスムーズだし、畳み終わった洗濯物も自分で進んでしまうようになりました。
朝の慌ただしい時間帯に「靴下がない!!」って一人で半ギレになることもなくなりました。

そして大切なことはきちんとルールに従ってしまっている時に「おお、できたじゃん」「お、進んでやってるじゃん」などと、【以前とは考えられないほど進歩した】ということを含めて感想を伝えてあげると、次へのポテンシャルへ繋がります。
小さな一歩だとしても見落とさずに素直に認めてあげることが、上手なつきあい方になるのではないでしょうか。




そして私は言いたい。
これって別に、発達障害を持っていなくても、誰にでも当てはまるコーチング・マネジメント法であると。
あ、だから私すげーのか。ふむふむ。ふふふ。


まぁそうなったのも理由や事件があったからです。私自身が辛さを感じないと、改善されることはなかったと思うので、次回はそちらの自分語りになると思います。

散髪と芸能界と人口密集地トーキョー
2016/01/18(月) 14:45 うんこくさい日記

髪の毛を切ってきた。
9月の東京に行く直前に切ってからしばらく5ヶ月弱経っている。
ベリーショートでそれだけ切らないでいると、ツーブロック刈り上げは普通に束ねられるくらいの厚さになり、寝癖も付く。
それでも上手に切ってもらって、綺麗に染色してもらったので、明らかプリンのモサモサヘアではなかったと思う。
シャープさが全くなくなっていたし、気分も新たにしたかったので、切ってもらうことに。

近所の個人美容室なのだけど、非常に仲良くしてもらっている。
昔は有名かつらメーカーで芸能人の髪セットと化粧をやっていた人だそうだ。
もう半世紀を生きているらしいのだけどその歳の差を感じさせないちょっとヤンチャな美容師さんです。

色んな話が聞けるので結構楽しい。
前ほど美容室が億劫じゃなくなったのはその人のおかげ。
いなくなったら困っちゃう。また探さなくちゃいけないからね。

SMAP解散報道の思考

やっぱり美容室には必ずある女性週刊誌。トップはSMAPの解散報道である。
私はあんまり興味はないのだけど、それでもそれなりに世間を騒がせているなぁと思う。
私としては「もうアイドル辞めたら良いんじゃないか」と思う。
疲れるんじゃないかな?って。もしそうなら辞めるのも自由だと思う。
別に事務所を辞めたってキャラクターは変えずに生きていけるんじゃない?ってくらい有名だし。


と思っていたらそうでもないらしい。
ジャニーズ事務所ってのの後光はかなり大きいらしく、そこに属しているからこそ失礼なことも言えるし、問題ももみ消してもらえる。
その後光があるからこそ今でもアイドルだし、作成サイドからもチヤホヤされる。
もしジャニーズ事務所を辞めた中居くんが今と同じように辛口司会をやったとしても、今後はただの「調子こいたおじさん」としか扱われなくなるらしい。
同様にお笑い事務所やらAKBやらも同じで、事務所に所属するということが芸能人の活動範囲を決めると言っても過言ではないらしい。
後光がないキャラクターにはカネも巡らないということ。

そういう蓋を開けた報道ってのは全然されていなくて、逆に事務所パワーの話を加味すると、いろんな芸能人のSMAPへのコメントが理解できる気がしてくる。
「辞めるんじゃない」と言うのは「事務所を辞めたら干される」という意味を暗に含んでいるんだろうなぁと思いました。


問題の発端は、ファミリー経営のジャニーズ事務所での仲違いらしいですが…
これはキムタクがどうのこうのって問題ではなく、そういった方向性の違いって言う問題みたい。

実際のところ、SMAPが今までのアイドルとは路線を変えて、観客動員で稼ぐだけのコンサートだけではなく、積極的にバラエティに進出して身近さを演出しブレイクしたのに対し、似たようなことをやっている他のジャニーズグループが同じようには売れていないのが大きな問題のような気がする。

それはあえてSMAPの地位を守るために他のグループが突出しないようにしているのか、あるいはもうSMAP手法ではいきていけないから別のことをしたいから抜けるっていうのか、色んな角度から見れるんじゃないでしょうか。

テレビってのも、オワコンになりつつあると思う。
今の若い子どもたちって、テレビよりもネットに走りがち。
テレビに出ている芸能人の名前を上げるより、ニコ生主やらユーチューバーのほうが出てくるものね。
そういった意味で、違うことをヤラなければならないという意気込みは正しいかもしれないね。


人口密集地トーキョーと北海道経済

東京圏っていうアバウトなものの見方をしますが、やっぱり人口密集しているっていうのはかなり強い。
私が去年東京に行った時に感じたのは、空き地がないほど店が連なっている。
店が潰れないってことは商売が成り立っている=需要と供給のレベルが高いということ。

一方で北海道というか、私の身の回りではどんどんと店が潰れていく。
もちろん繁盛している店もあるのだろうけど、潰れた店の後はシャッターが降りたまま。

例えば、マニアックな店を開いたとする。
1000人に1人くらいがその店がクリンヒットするとする。
そうすると札幌でそれをやるとすると、200万人しか居ないから2千人。
顧客が2000人いたとしても、毎日その顧客が来るわけでもなく、いきなり人気になるわけでもないので、初年度に投資額を回収できるかというと、そんなことはほぼありえないと言っても良い。

東京周辺はとにかく人の多さ、アクセスのしやすさがかなり強く、ひとが多いことにより回転率でフォローできる。
これは大きな差だ。

需要率が低くても、人が多ければ、お客は来るんだよね。だから食っていける。

札幌で同じことをやろうと思ってもダメだということを実感してきました。
需要にマッチさせるために、かなりリサーチしないとダメなんじゃないかなぁ。
ポッと出の店がたまたま成功するってことはマレそうだ。


そもそも、個人商店のパワーというのが凄まじく、トレンドの店じゃなくても、古くからの商売ルートがしっかりしている老舗の店なんかもかなり強い。
北海道って開拓されてから200年も経ってないので、歴史や継承された文化が少ないように思う。
残念なことに、札幌の中心地にあるアーケード街・狸小路はそのオーラを失いつつある。ほんとうに残念。

個人商店のパワーは圧倒的に足りていない。でも東京ほど人口密集しているわけではない。
だからどう見ても無駄な新幹線を作ってしまうんだろう。
北海道の不景気は、付け焼き刃のインフラ特需で乗り切っているように思う。
でもそれはランニングコストを考えないので、後で惨事になる。
特需を生むのは良いが、後のツケが巡ってくるのではないかと思っている。
カネがなくて補修できないとかね…

しかし、どんなことをやれば経済が活性するのだろうか。
私が金持ちになれるのだろうか。と考えている日々です。
東京には行かないだろうと思う。札幌で、なにか面白いことやりたいなぁって思っているなう。